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■Racing History
2003年 ラリー・デ・ファラオン     総合9位
2003年 AMVシャムロックラリー  総合3位
2004年 パリ・ダカールラリー      リタイヤ
2004年 デザートエクスプレス    総合2位
2004年 エスパーニャ・バハ       総合12位
2004年 AMVシャムロックラリー  総合優勝
2005年 パリ・ダカールラリー      総合11位
2006年 イタリアンBAJA           完走
2006年 パリ・ダカールラリー      リタイヤ
2006年 UAEデザートチャレンジ 総合13位 クラス1位
2007年 パリ・ダカールラリー      総合25位 クラス優勝
2007年 UAEデザートチャレンジ 総合7位   クラス2位

Birthday:1970/ 7/2
Nationalty:日本(東京出身)
BodySize:H-182cm W-80Kg
BloodType:O+
Favorite:モーターサイクルスポーツ・
スノーボード・サーフィン

  三橋が4輪でダカールラリーに参戦する事になったのは、NISSANからドライバーでのパリダカ出場の話を持ちかけられた2004年大会からだ。それまでは2001,2002,2003年とバイクで出場。2002年にはトッププライベーター賞も獲得するなど、ライダーとして国内外で活躍。そこに目を付けたのが、ちょうどファクトリー参戦中のNISSANだった。
 NISSANは日本人ドライバーを物色中であり、その候補としてライダーを起用するアイデアがあったからだ。 ライダーとしてチャレンジを続けるか、それとも心機一転、4輪で挑むか。苦渋の選択を迫られた三橋は、NISSANのオファーを受け入れ、プライベート参戦していたライダーから、プロのドライバーとして活動を開始することになる。
 2003年夏。「若手育成プログラム」としてNISSANに参加し、研修先のフランスに飛び立った。 4輪に転向してから三橋は、ほとんど練習する間もなくエジプトで行われた「ファラオ・ラリー」に参戦。そこで いきなり総合9位に入ると、続くミニイベント・「シャムロックラリー」では総合3位に入賞。ルーキーらしからぬ走 りで周りを驚かせた。
 4輪転向後では初となるパリダカには、プロダクション部門にエントリー。ぶっつけ本番で乗った車ではあったが、序盤からクラス2位をキープ。マシントラブルでリタイヤするも、それまでトップ争いを演じ、そのポテンシャル を見せつけたのである。
 その後再びトレーニングを積み、「デザートエキスプレス」では総合2位、そして「シャムロックラリー」で総合優 勝を果たし、さらにレベルアップ。そして迎えた2度目のパリダカでは、総合11位、日本人ではトップの成績をたたき出し、ドライバーとしてのセンスを開花させたのである。
  そして迎えた3年目、2006年パリダカには、いよいよトップカテゴリー、スーパープロダクションのマシン、NISSAN ピックアップでの参戦が決定。ぶっつけ本番のイタリアンバハでは予選2位(本戦はマシントラブルで後退)を記録。その才能を見せつけた。しかし2006年、ダカールラリーでは、相次ぐマシントラブルに見舞われ、実力を発揮できずに終わってしまった。
 NISSANがその後ダカールラリーから完全撤退してしまった事もあり、2007年のダカールラリーでは、三橋は新たにトヨタオートボディと契約。心機一転、プロダクションクラスで優勝を目指しエントリー。初めての日本人主体のチーム、そして素人ナビゲーターとのコンビという通常では考えられないタスクを与えられつつも、自らナビゲーションをこなしながら走る、バイク時代の感性を活用し、見事クラス優勝を果たす。
 そして2008年、三橋は再びトヨタオートボディと契約し、プロダクションクラス2連覇を目指す。

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